私が社会福祉士の受験資格取得のための勉強をしていた時のこと

日記
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私が社会福祉士の勉強を始めたのは、平成3年のことでした。

私は東北福祉大学卒業なのですが、大卒で社会福祉士の受験資格を得ることができるのは、法律が制定された昭和62年以降に大学に入学した人のみでした。

すでに仕事をしていた人は、養成施設等を受講して受験資格を得る必要がありました。

また、できたばかりの資格のため、養成施設は、全国社会福祉協議会の養成施設と「あいご」の養成施設の2つだけでした。

「あいご」は老人というより障害者関係の団体なのですが、詳しはわかりません。当時はそのような団体があること自体知りませんでした。

平成元年に初めて、全国社会福祉協議会の養成施設の受講者を募集があったのですが、
申し込みましたが、落選でした。
やっと養成施設でお勉強

提出した小論文が悪かったのかと思い、教科書を全巻買って、小論文を書いて、第3回の募集(平成3年度)にやっと合格することができました。

平成3年4月から平成4年10月までの1年6カ月です。
しかし、レポートを提出する時以外は、教科書を読みませんでしたね。

受講していると必ずあるのが、スクーリングです。

当時スクーリングは、平成3年度に1週間、平成4年度に1週間ありました。

しかも、間には、日曜日があり、1日お休みという日程でした。
全国社会福祉協議会のスクーリング会場は、現在は、湘南の山の中にありますが、
当時は、霞が関ビルの中にある全国社会福祉協議会の会場でした。

東京など全くわからない私は、養成施設の推薦した、神田淡路町のビジネスホテルで1週間すごすことになりました。

ホテルについて思い出しました。

「教科書を持ってくるのを忘れた!」

すぐさま、家に電話をしてホテルに全巻送ってもらいました。
教科書を箱から出していなかったのが幸いしました。
それから毎日、神田淡路町のホテルから国会議事堂前で降りて、
国会議事堂を眺めながら会場へ。

隣の席の方に言われたこと
「あなた教科書を全く読んでいないね。本に挟まったままだもの。」
教科書は、養成施設合格前に1セット買っていたので、こちらの教科書は新品のままだったんですけどね。
たった一人でお勉強のはずが….。

施設でもたった一人で受講していたので、スクーリングに行っても知り合いは全くいません。

これは、一人でホテルに籠ってお勉強かなと思っていました。

二日目に、懇親会があったので、出席してみると、

大学の大先輩の方と県内から来ている方と、青森の方と意気投合していまい。

それから毎日、講習が終わってから飲み歩きです。

日曜日を除く毎日、飲み歩いていました。

それを羨ましく思った方もいて、一時は20人で飲み歩いたこともありました。

もちろん、勉強はあまりできませんでした。
私田舎もんなんですけど

大勢で飲み歩いた時のこと、

新橋で飲んでいたのですが、

帰る時になって、千葉からスクーリングに来ている方が、

水道橋のホテルに帰れないと言い出しました。

しょうがないので、地下鉄で送っていきました。

淡路町に戻ったのは、最終列車でした。

地下鉄の最終列車で下車すると、

出口を一つだけ開けて、他はシャッターを落としているので、
いつもと違う出口から出なければならないんですよ。

私の場合は、時々駅の近くを探索していたので、
なんとかホテルに帰れましたけどね。

それにしても、東北の田舎者がなぜ千葉の人を送らなければならなかったんだろう?
先日も、研修で名古屋に行った時、道を聞かれたんですよね。

東京に行った時も電車の乗り方を聞かれたし、

どうしてなんでしょうね。

 

 

 
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