平安時代、お守りの中身は経文や祈りの言葉などを書き込んだ紙片でした。
この経文や祈りの言葉を折り畳んだものをお守りとしていました。
また、木に呪文を書き込んだり彫った札も好まれました。
どちらも中国の「護符」からの発想です。
仏教や、陰陽道の概念とともに、日本に渡ってきました。
そのため、お守りは当初、寺院で配られていたのです。
大阪にある四天王寺には「懸守(かけまもり)」という平安時代のお守り7種類が保管され、国の重要文化財になっています。
人々がこぞって開運のアイテムであるお守りを求めて寺に出向く様子を見て、神社界はあせりました。
そこで後追いで、お守りの扱いをはじめたのです。
また、当初神社で配布していたのは、紙または札のみでしたので、人々は自分でお守り入れを作っていました。
袋の中には、さまざまな神社や寺でゲットしたお守りを入れて、ポーチのように持ち歩いていたそうです。
戦後、紙や木でつくられた(あるいは水晶だったり、勾玉という神社もあります)お守りを、カラフルな布で包んで販売するようになりました。
お守りの本体はあくまで中身の紙又は札です。
内府と呼ばれるこの本体に、神の息吹が込められているのです。
そのため、お守り本体を包む袋は、みだりに開けてはいけません。
せっかくの神の御力が逃げてしまいます。
また、いくつもの違う神社や違う神様のお守りを一緒に持ち歩くと、神様たちがケンカしてお守りにならないとよく聞きますね。
神様は、それぞれのご神徳をもって、協力して私たちを守ってくださるのだそうです。
これは、神社本庁の公式見解です。
八百万の神々は、おおらかなのだそうです。
しかし、このお守りには賞味期限があるのです。
1年、もしくは次の新年までだと決まっているそうです。
また、参拝した時の願いがかなった時にも、そこで効力がなくなるのだそうです。
古っくなったお守りは、入手した神社に奉納するしきたりです。
神社では毎年1月15日に「お焚き上げ」といって、期限の切れたお守りやお札などを燃やして天に還す儀式がおこなわれます。
お守りは、神の祝福を受け、その力が宿るミニ神社です。
家の中に大事にしまっておくよりも、身につけたほうがいいそうですよ。